世田谷Nakamachi WEB MAGAZINE

Next Generation 海士町、西粟倉…人と街が繋がる、コミュニティデザインのイマ 2015.11.27

海士町、西粟倉…人と街が繋がる、コミュニティデザインのイマ

仮にあなたの出身地が都心であったとしても、都会の喧騒を離れ、自然豊かな町や村に訪れた時、郷愁にかられた経験はありませんか。それは何故か?きっと、悠久の歴史を経て先祖と先祖の間で受け継がれてきた“遠い記憶”が関係しているのではないでしょうか。
しかし、都市部への一極集中が加速する現在、多くの地方の町や村は、過疎化や高齢化といった問題に直面しています。

「限界集落を如何に救うか?」

明確な答えを持たずに、その病状だけが悪化してきた昨今ですが、存続の危機に陥っている町や村を救うために、その1つとして、「コミュニティデザイン」という考え方が徐々に浸透してきています。

日本各地で広がるコミュニティデザインによる取り組み

「コミュニティデザイン」とは、文字通り「コミュニティ」を「デザイン」すること。古くは1960年代のニュータウン建設時に遡ります。
当時から地方⇒都市部へと人が流れる傾向にあり、結果、移住先のコミュニティの関係性は希薄なものとなっていました。

そこで、都心部に集まった人と人との繋がりが生まれるような集合住宅地をデザインする過程で、コミュニティデザインというワードが使われるようになります。

一方、近年では、地域での「人と人との繋がり」やその仕組みのデザイン、つまり高齢化が進む地域を救う解決方法としての意味合いが強くなっています。

事実、このコミュニティデザインの力によって、数多くの地方が見事に再生を遂げています。中でも、3つの土地で行われた取り組みから、コミュニティデザインのイマを紐解いていきましょう。

島をブランド化した離島 島根県海土町

島根半島の沖合60キロにある隠岐諸島の1つにある、島根県海士町。本土から船で2~3時間もかかる離島にも関わらず、島外からの移住者が右肩上がりに増加しています。島に移り住んできた人の多くは、20代の若者から40代までの働き盛りの世代。中には大企業からIターンで、海士町の町民になった人もいるのです。

彼らが何故、海士町を選んだのか?その答えは、「仕事を創ることができる」という魅力です。海士町では、新たに事業を始めようとする人に対して、金銭的に援助することはありませんが、その代わり全面的な協力体制を敷いています。

また、島で唯一の高校である島根県立隠岐島前高校には、難関大学合格を目指すコースや地域づくりを学ぶ「地域創造コース」などがあり、「島留学」と銘打って島外の生徒を集める施策も実施しているのです。

ビジネスや教育における支援…だけでなく、ブランディングの上手さも海士町の特徴の1つ。隠岐諸島特有の黒毛和牛である「隠岐牛」を大々的に掲げ、海士町の魅力を多くの人に伝えました。結果として海士町自体を1つのブランドに育て上げ、地方再生を実現しています。

「百年の森林構想」で村の魅力を再発見した岡山県西粟倉村

岡山県の最北端に位置する西粟倉村。面積の約95%が山林ということを活かし「百年の森林構想」を掲げ、2015年の10月、まさに今、盛り上がりを見せています。
この百年の森林構想は2008年に発表され、役場が村の森林を一括管理し、放置されていた森林を整備、自然を守ると同時に林業の活性化を促すという、いわばマニフェスト的なもの。

この構想を掲げた結果、林業や材木を使った家具の制作・販売などで起業をしたいという挑戦者が増加し、今なおIターン希望者が後を絶ちません。

実は「百年の森林構想」は、思わぬ副次的効果ももたらしました。彼らのこの構想から、日本全体の林業が見直されはじめ、結果として西粟倉の杉は世界的なブランドに成長を遂げたのです。

林業を行っているどこにでもある小さな村から、日本の林業を変える村へ…“地方発世界行き”という新しいムーブメントを創出した西粟倉村から、今後も目が離せません。

小規模の自治体だからこそできるコンパクトシティの北海道沼田町

北海道の沼田町が展開するのは、「沼田町農村型コンパクトエコタウン整備基本構想」というプロジェクト。

端的に言うと、町をコンパクトに作りかえる取り組みを開始しました。具体的には、高齢者の多い沼田町には大きな病院がありましたが、そこの入院設備を廃し、診療のみを行うクリニックのみ残すという決断を下したのです。

しかし、この決断に対し、住民は当然不安をおぼえます。そこで、沼田町では入院施設がないという不安を払拭するため、クリニックの近くに福祉施設や交流スペースを設置しました。さらに町の利便性を考えて買い物ができる商店街や住宅などを、クリニックを中心として配置することで、コンパクトで生活のしやすい町へと変貌させました。

高齢者や福祉の観点などから考えると、小規模な自治体ではコンパクトシティは大きな利点となりますし、今後の高齢化社会を考えてもコンパクトシティは未来の日本のモデルと言えるかもしれません。

コミュニティデザインが、日本の未来を救う

問題を抱えている限界集落は、残念ながら増加の一途を辿っています。しかし、上記のようなコミュニティデザインによって若い人を呼び込んだり、地域そのものの良さを再発見したりすることから、少しずつ、限界集落が活力を取り戻す成功事例が増えているのも事実です。

人と人、人と街、人と自然を繋げていくコミュニティデザインにこそ、地域、いや日本再生のヒントが隠されているのかもしれません。

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